眞隆寺|松戸市紙敷にある日蓮宗寺院
眞隆寺|松戸市紙敷にある日蓮宗寺院

眞隆寺|松戸市紙敷にある日蓮宗寺院

眞隆寺|松戸市紙敷にある日蓮宗寺院の頂與山眞隆寺の案内、縁起と所蔵の文化財を各種資料からの引用を交えて紹介。

日蓮宗頂與山眞隆寺 当山は、真間山弘法寺の末寺で、真言宗眞如坊と称していました。鎌倉時代、建治元年(一二七五)日蓮聖人六老僧の伊豫阿闍梨日頂上人が本山弘法寺を真言宗から日蓮宗に改宗したことにより、眞如坊も頂興山眞隆寺と山号・寺号を付与され日蓮宗に改宗しました。開基は日頂上人の高弟日宣上人です。 当山の別称は菊の御紋赤門寺といわれています。松戸地誌に「享保十年三月と翌年十月に串崎新田北側の中野牧を中心として徳川吉宗の鹿狩りが行われた・・・」とあります。上記地誌の中野牧は当山の近隣にあり、その地の小高い丘に「御立場」、その下に「御囲」と殿さまゆかりの地名が現存し、同じく当山の地名は「紙敷字的場」です。これらの事から推測の限りですが、鷹狩りの際、広い場所、豊富な湧水がある当山を多数の家臣、多数の馬の休息の宿にしたと思われます。この由縁から菊の御紋赤門寺としての拝領を賜ったものと思われます。 境内にある市内随一の八角堂は天保九年(一八三八)鎮守清正公神儀(加藤清正)を勧請した清正公堂で、平成十二年に再建したものです。(「松戸のお寺」より)

「日蓮宗寺院大鑑」による眞隆寺の縁起

嘉暦3(1328)年の創立。開山日宣。池上・芳師法縁。(「日蓮宗寺院大鑑」より)