すってくりょう 兄弟塚
すってくりょう 兄弟塚

すってくりょう 兄弟塚

【すってくりょう きょうだいづか】 菅生本願寺の裏手のあたる坂の登りきったところにある、一名“ほととぎす塚”と

<用語解説> ◆武蔵七党・菅生氏 横山党を筆頭に、猪股党・児玉党・与野党・村山党・丹党・西党といった武蔵国に土着する中小武士団で、婚姻によって血族となっており、ある程度結束して集団で行動していたとされる。 菅生氏は、多摩郡横山庄(現・八王子市)を中心に所領を持つ横山党に連なる一族であるとされている。 また菅生太郎有孝と小倉次郎経久は、あきる野市菅生にある正勝神社の創建に深く関わったとされており、その創建時とされる元暦年間(1184~1185年)には存命であったと考えられる。

◆“ほととぎす塚”の由来 ホトトギスの前世は人間あったという伝説が、各地に流布している。これによると、弟が山芋を取ってきて、兄に美味い部分を食べさせているにもかかわらず、兄が邪推して弟の喉を切って殺した。しかし山芋の不味い部分ばかりが弟から出てきたため、後悔した兄はホトトギスとなって「オトノドツッキッタ(弟喉突っ切った)」と鳴くのだという。 この「兄弟殺し」の構図がそっくりであるため(兄と弟の立場が逆転しているが)、この別名が付いたものと考えられる。また弟の経久が喉を突いて死ぬという流れも、この伝説がだぶってできた可能性がある。

関連記事

【すってくりょう きょうだいづか】 菅生本願寺の裏手のあたる坂の登りきったところにある、一名“ほととぎす塚”と

鎧塚 居神神社

<都道府県・時代>

【すってくりょう きょうだいづか】 菅生本願寺の裏手のあたる坂の登りきったところにある、一名“ほととぎす塚”と

最近の投稿

【すってくりょう きょうだいづか】 菅生本願寺の裏手のあたる坂の登りきったところにある、一名“ほととぎす塚”と

Copyright © 伝承怪談奇談・歴史秘話の現場を紹介|日本伝承大鑑 All Rights Reserved.