『スイミー』あらすじ&作者が伝えたいこと|比喩表現からみる面白さ
『スイミー』あらすじ&作者が伝えたいこと|比喩表現からみる面白さ

『スイミー』あらすじ&作者が伝えたいこと|比喩表現からみる面白さ

『スイミー』はレオ=レオニによる絵本です。スイミーが仲間を失い、立ち直り、自分の役割を自覚するまでが、多彩な比喩とともに描かれます。小学校2年生の教材にもなっており、日本でも評価の高い一作です。ここではそんな『スイミー』のあらすじ&解説、作者の伝えたかったことをまとめました。

兄さんや姉さんはマグロにのみこまれてしまうけれど、スイミーはその惨事の中でも生きのこります。苦しんだが故に、スイミーはじょじょに人生の美しさに気がつくようになります。このところは私にとっては、とても重要なことなのです。スイミーははじめは淋しがっていますが、やがて人生を詩的なものとしてながめるようになっていったことから、生命力と熱意をとりもどし、ついには岩かげにかくれていた小さな魚の群れを見つけだします。

レオ=レオニ『子どもの館 第三十七号』福音館書店,p45

『スイミー』から読み取る「考えることの大切さ」とは何か?

"But you can't just lie there," said Swimmy. "We must THINK of something." Swimmy thought and thought and thought.

「でも、そこで何もしないでいるわけにはいかないよ」スイミーは言った。「何か考えなくちゃ」 スイミーは考えて、考えて、考えた。

Leo,Lionni.1963.Swimmy.NewYork:alfred a knopf

原文では、「We must THINK of something(直訳:僕たちは何か考えなければいけない)」の部分が大文字になっていることが分かります。

また次の文では、「Swimmy thought and thought and thought.」とあるように、「考える」ことがリフレインで強調されています。

「だけど、いつまでもそこにじっとしてるわけにはいかないよ。なんとかかんがえなくちゃ。 スイミーはかんがえた。いろいろかんがえた。うんとかんがえた。

レオレオニ,谷川俊太郎訳『スイミー』1969.好学社

日本語タイトルの副題が「ちいさな かしこい さかなの はなし」となっているのも、作者が伝えたかったであろう「考える」ことの大切さを強調するためでしょう。

スイミーはなぜ「大きな魚のふり」を思いつけたのか?
  1. ミサイルみたいにつっこんできた(came darting through the wave.)
  2. にじいろのゼリーのようなクラゲ(He saw a medusa made of rainbow jelly.)
  3. すいちゅうブルドーザーみたいないせえび••••••(a lobster, who walked about like a water-moving machine. )
  4. みたこともないさかなたち,みえないいとでひっぱられてる••••••(strange fish, pulled by an invisible thread.)
  5. ドロップみたいないわからはえてる,こんぶやわかめのはやし••••••(a forest of seaweeds growing from sugar-candy rocks. )
  6. うなぎ,かおをみるころには,しっぽをわすれてるほどながい••••••(an eel whose tail was almost too far away to remember.)
  7. そして,かぜにゆれるももいろのやしのきみたいないそぎんちゃく。(and sea anemones,who looked like pink palm trees swaying in the wind.)
  8. みんなでいっしょにおよぐんだ。うみでいちばんおおきなさかなのふりして!("We are going to swim all together like the biggest fish in the sea!"
  9. みんなが一ぴきのおおきなさかなみたいにおよげるようになったとき(and when they had learned to swim like one giant fish)
  10. ぼくが目になろう(I'll be the eye.)

終盤、スイミーはうんと考えると(Swimmy thought and thought and thought.)、自分たちが「大きな魚のふり」をしたらいいんだ!と思い付きます。

そしてスイミーの名ゼリフ「ぼくが,めになろう(I'll be the eye.)」で、目になる(黒いから大きな魚の目のようになる)と目になる(群れを率いて目の役目を果たす)のダブルミーニング、つまりこれまでの比喩表現とスイミーの思いがひとつに収斂し、クライマックスを迎えます。

「ぼくが目になろう」スイミーのノブレス・オブリージュ

先ほどの「ぼくが目になろう」という『スイミー』の有名なフレーズ。原文だと「I'll be the eye.」です。

これはリーダーシップとも取れますが、個人的にはノブレス・オブリージュのような、持てるものの義務をスイミーが果たそうとしたように感じます。

仲間の魚にかわってものを見る、それがスイミーの役割なのです。他の魚よりもからだが大きいわけではないし、目になったからといって、特に偉くなったわけでもない。ここには階級はないのです。ただそれが芸術家としての彼の社会における役割なのです。

レオ=レオニ『子どもの館 第三十七号』福音館書店,p46