【真珠湾攻撃とは】簡単にわかりやすく解説!!なぜ奇襲した?理由や背景・死者数など
かつて日本はアメリカと激しい戦争を繰り広げていました。太平洋戦争です。 その太平洋戦争で最初に行われた日米の戦いが真珠湾攻撃になります。 今回はなぜ真珠湾を奇襲したのか。理由や背景など『真珠
日本と中国との間では未だにいざこざがあります。 実はその原因は約80年前に起きたとある戦争が原因でした。 今回はそんないざこざのきっかけとなる『日中戦争』について簡単にわかりやすく解説していきます。 日中戦争とは? 日中戦争とは1937年から1945年までの間、続いた日本と中国による戦争.
特に 1941 年の南部仏印進駐はアメリカとの関係を修復不可能なところにまで悪化させてしまい、太平洋戦争への道を突き進むことになります。
当時の日本は石油の大半をアメリカから輸入しており、南部仏印進駐によってアメリカが日本への石油の輸出を禁止する決定を下したからです。
海軍には石油の備蓄が 1 年半分しかなく、このままではいずれ軍艦や航空機を動かすことができなくなります。
②主力兵器としての戦艦しかし 1941 年当時はまだ核兵器はなかったので、主力兵器になっていた兵器は戦艦でした。
大きな大砲を積むには大きな戦艦を作るしかありません。これが大艦巨砲主義です。
③日米決戦のシミュレーションしかし、 1939 年 ( 昭和 14 年 ) に連合艦隊司令長官に就任した山本五十六はまた別の考えを持っていました。
そのためには敵艦隊主力を早期に撃滅し、アメリカの戦意を喪失させようとしたのです。これが真珠湾攻撃の原案になります。
しかし、事前のシミュレーションでは敵戦艦 5 隻、空母 2 隻を撃沈するのと引き換えに、味方機動部隊は全滅するというものでした。
真珠湾攻撃の決行と戦果
①対米交渉の決裂1941 年 7 月に成立した第3次近衛内閣は南部仏印進駐を行います。
首相の近衛文麿はアメリカ大統領のルーズベルトと直接交渉を画策しますが、こちらも実現しませんでした。
交渉に行き詰まった近衛内閣は崩壊し、陸軍大臣だった東條英機が次の内閣を作ります。
東條内閣も 25 年かけて中国から撤兵することなどを材料に対米交渉を進めますが、アメリカは日本の譲歩案を拒否、中国からの完全撤兵など日本には受け入れられない内容のハル・ノートを提示しました。
②真珠湾攻撃11 月 26 日択捉島に集結していた空母 6 隻を主力とする日本海軍機動部隊がハワイに向けて出港します。見つからないように行動するため、困難な北方航路を使ってハワイに向かうことになりました。
12 月 1 日、御前会議において対米宣戦布告が決議され、翌日機動部隊に「ニイタカヤマノボレ一二○八」の暗号電文が送られます。
ニイタカヤマ ( 新高山 ) というのは当時日本領だった台湾のにあった山の名前です。富士山よりも高い山で、ここでは作戦決行の意味を表しています。そして一二○八 ( ヒトフタマルハチ ) というのは、その日が 12 月 8 日であることを意味しています。
日本時間 12 月 8 日午前 1 時 30 分、機動部隊から第一波攻撃隊として 183 機、午前 2 時 45 分に第二波攻撃隊として 171 機が発進しました。
約 2 時間後攻撃が開始されます。ハワイ時間では 12 月 7 日午前 8 時前のことでした。日本海軍の奇襲は成功。第一波攻撃隊から機動艦隊に向けて「トラ・トラ・トラ」の暗号電文が打電されます。これは「ワレ奇襲ニ成功セリ」という意味です。
③戦果(戦死者)日本側は空母 6 隻全て健在。その他の主な艦船も失ったものはなく、特殊潜航艇という 5 隻の決死隊のみの損失でした。
また未帰還だった飛行機も 29 機のみ。戦死 64 名、捕虜 1 名という損害でした。
一方アメリカ側は戦艦 4 隻沈没、1隻大破、1隻中破、2隻小破、戦死 2,345 名と日本側の一方的な勝利に終わりました。
真珠湾攻撃のその後
①アメリカ世論が主戦派にこれをきっかけにアメリカの世論は「リメンバー・パールハーバー」を合言葉に主戦論に傾いていきます。日本と戦うということは日本の同盟国であるドイツとも戦うことになります。それはアメリカ大統領ルーズベルトの望みでもありました。
②航空主兵時代の幕開けしかし、この真珠湾攻撃とその 2 日後に起きたマレー沖海戦で航空機の有効性が浮き彫りになります。特にマレー沖海戦では、日本軍機により航行中のイギリス戦艦が撃沈されました。
こうして大艦巨砲主義時代は終わり、航空主兵時代になっていくのですが、緒戦で成功した日本軍のほうが考え方の切り替えがうまくいかず、敗れたアメリカのほうが機動艦隊中心の海軍を作っていくことになります。
③アメリカ海軍空母は健在真珠湾攻撃で戦艦を沈められたアメリカ軍ですが、ハワイにあった戦艦を修理するドッグなどの港湾施設や重油タンクなどの補給施設の被害はほとんどありませんでした。
被害にあった戦艦 8 隻のうち 6 隻は修理されてのちに戦列に復帰します。
その後日本軍は空母の存在に悩まされ、それがミッドウェー海戦につながっていきます。
まとめ
✔ 真珠湾攻撃は日本軍機動部隊によるハワイのアメリカ海軍基地への攻撃のこと。
✔ 緒戦で敵戦力に大損害を与えることで短期決戦へ持ち込もうとした。
✔ 攻撃は成功したものの、短期決着の目的は果たすことができなくなってしまった。
✔ 大艦巨砲主義から航空主兵主義の時代へ移り変わっていった。
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- 1 真珠湾攻撃とは?
- 2 真珠湾攻撃に至る背景
- 2.1 ①日本の南方進出に対するアメリカの反発
- 2.2 ②主力兵器としての戦艦
- 2.3 ③日米決戦のシミュレーション
- 3.1 ①対米交渉の決裂
- 3.2 ②真珠湾攻撃
- 3.3 ③戦果(戦死者)
- 4.1 ①アメリカ世論が主戦派に
- 4.2 ②航空主兵時代の幕開け
- 4.3 ③アメリカ海軍空母は健在
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