『源氏物語』原文・現代語訳・朗読
『源氏物語』原文・現代語訳・朗読

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長雨《ながあめ》晴れ間なきころ、内裏《うち》の御物忌《ものいみ》さしつづきて、いとど長居さぶらひたまふを、大殿にはおぼつかなくうらめしく思したれど、よろづの御よそひ、何くれとめづらしきさまに調じ出でたまひつつ、御むすこの君たち、ただこの御宿直所《とのゐどころ》に宮仕《みやづかへ》をつとめたまふ。宮腹《みやばら》の中将は、中に親しく馴れきこえたまひて、遊び戯《たはぶ》れをも人よりは心やすくなれなれしくふるまひたり。右大臣《みぎのおとど》のいたはりかしづきたまふ住み処《か》は、この君もいとものうくして、すきがましきあだ人なり。

里にても、わが方のしつらひまばゆくして、君の出で入りしたまふにうち連れきこえたまひつつ、夜昼《よるひる》学問をも遊びをももろともにして、をさをさ立ちおくれず、いづくにてもまつはれきこえたまふほどに、おのづからかしこまりもえおかず、心の中《うち》に思ふことも隠しあへずなん、睦れきこえたまひける。

つれづれと降り暮らして、しめやかなる宵の雨に、殿上にもをさをさ人少《ずく》なに、御宿直所も例よりはのどやかなる心地するに、大殿油《おほとなぶら》近くて、書《ふみ》どもなど見たまふ。近き御厨子《みづし》なるいろいろの紙なる文《ふみ》どもを引き出でて、中将わりなくゆかしがれば、「さりぬべきすこしは見せむ、かたはなるべきもこそ」と、ゆるしたまはねば、「その、うちとけてかたはらいたしと思《おぼ》されんこそゆかしけれ。おしなべたるおほかたのは、数ならねど、ほどほどにつけて、書きかはしつつも見はべりなん。おのがじしうらめしきをりをり、待ち顔ならむ夕暮などのこそ、見どころはあらめ」と怨《ゑん》すれば、やむごとなくせちに隠したまるべきなどは、かやうにおほぞうなる御厨子などにうち置き、散らしたまふべくもあらず、深くとり置きたまふべかめれば、二の町の心やすきなるべし、片はしづつ見るに、「よくさまざまなる物どもこそはべりけれ」とて、心あてに、「それか」「かれか」など問ふなかに、言ひあつるもあり、もて離れたることをも思ひ寄せて疑ふもをかしと思せど、言少《ことずく》なにて、とかく紛らはしつつとり隠したまひつ。

「そこにこそ多くつどへたまふらめ。すこし見ばや。さてなん、この厨子も快く開くべき」とのたまへば、「御覧じどころあらむこそかたくはべらめ」など聞こえたまふついでに、中将「女の、これはしもと難つくまじきはかたくもあるかなと、やうやうなむ見たまへ知る。ただうはベばかりの情に手走り書き、をりふしの答へ心得てうちしなどばかりは、随分によろしきも多かりと見たまふれど、そも、まことにその方《かた》を取り出でん選びに、かならず漏るまじきはいとかたしや。わが心得たることばかりを、おのがじし心をやりて、人をばおとしめなど、かたはらいたきこと多かり。親など立ち添ひもてあがめて、生ひ先籠《こも》れる窓の内なるほどは、ただ片かどを聞きつたへて、心を動かすこともあめり。容貌《かたち》をかしくうちおほどき若やかにて、紛るることなきほど、はかなきすさびをも人まねに心を入るることもあるに、おのづから一つゆゑづけて、し出づることもあり。見る人後れたる方をば言ひ隠し、さてありぬべき方をばつくろひてまねび出だすに、それしかあらじと、そらにいかがは推しはかり思ひくたさむ。まことかと見もてゆくに、見劣りせぬやうはなくなんあるべき」と、うめきたる気色《けしき》も恥づかしげなれば、いとなべてはあらねど、我も思《おぼ》しあはすることやあらむ、うちほほ笑みて、「その片かどもなき人はあらむや」とのたまへば、「いとさばかりならむあたりには、誰かはすかされ寄りはべらむ。取る方なく口惜しき際と、優《いう》なりとおぼゆばかりすぐれたるとは、数ひとしくこそはべらめ。人の品《しな》たかく生まれぬれば、人にもてかしづかれて、隠るること多く、自然《じねん》にそのけはひこよなかるべし、中の品《しな》になん、人の心々おのがじしの立てたるおもむきも見えて、分かるべきことかたがた多かるべき。下《しも》のきざみといふ際《きは》になれば、ことに耳立たずかし」とて、いとくまなげなる気色《けしき》なるも、ゆかしくて、「その品々《しなじな》やいかに。いづれを三《み》つの品におきてか分くべき。もとの品たかく生まれながら、身は沈み、位みじかくて人げなき、また直人《なほびと》の上達部《かむだちめ》などまでなり上り我は顔にて家の内を飾り、人に劣らじと思へる、そのけぢめをばいかが分くべき」と問ひたまふほどに、左馬頭《ひだりのむまのかみ》、藤式部丞《とうしきぶのじょう》 御物忌《ものいみ》に籠《こも》らむとて参れり。世のすき者にて、ものよく言ひとほれるを、中将待ちとりて、この品々をわきまへ定めあらそふ。いと聞きにくきこと多かり。

現代語訳 語句

■物忌 不吉な日にちや方角を避けるため、一定期間家に引きこもっていること。 ■大殿には 左大臣邸では。 ■うらめし 源氏の君が葵の前を顧みないため。 ■御よそひ 左大臣が婿である源氏の君のために用意した装束。 ■御宿直所 宿直する場所。 ■宮腹 「宮」は左大臣の北の方(帝の妹)。葵の上と中将の母。 ■をさをさ ほとんど。 ■まつはる つきまとう。お側を離れない。 ■宵 日が暮れてから午後10時頃まで。 ■大殿油 貴人の使う燈火。 ■文 書物。 ■厨子 置き戸棚。 ■わりなく むやみに。 ■さりぬべき 「さ、ありぬべき」見せても差し支えないような。 ■かたはなるべきもこそ みっともないのもあるだろう。「こそ」の下に「あらめ」が省略。 ■うちとけて 気をゆるして。 ■かたはらいたしと思されん みられるとまずいと思われる手紙。 ■おほぞうなる ありふれた。 ■ニの町の 二番手の。 ■片はしづつ ちょっとずつ。 ■とかく 何かと。 ■御覧じどころ 見どころの敬語。 ■しも これこそは。 ■難つくまじきは 非難しようのないようなのは。 ■見たまへ知る 「見知る」に謙譲の「たまふ」が入った形。 ■おのがじし めいめいに。それぞれに。 ■心をやりて いい気分になって。 ■かたらはいたきこと 見ていてこっちからはらはらすること。見ていてこっちがいたたまれなくなること。 ■生ひ先籠れる窓の内 「養はれて深閨にあり人未だ識らず」(長恨歌)による。 ■片かど 「かど」は才能。 ■うちおほどき おおらかで。 ■紛るることなきほど 他に気を惑わすようなこともない時は。 ■一つゆゑづけて 一つの道においてそれなりに物になって。 ■見る人 後見人。 ■ありぬべき方 そのままでよい面。 ■つくろひて 体裁をつくろって。 ■まねび出す 見聞きしたことを伝える。 ■そらに 本人と直接会うこともしないで。想像や伝聞だけで。 ■すかされ 「すかす」は騙す。 ■くまげなる くまなく知り尽くしている様子である。「くまなし」はすみずみまで目が行き届いている。 ■我は顔 我こそはという自信満々な顔。

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