真福寺|港区愛宕にある真言宗智山派総本山智積院別院
真福寺|港区愛宕にある真言宗智山派総本山智積院別院

真福寺|港区愛宕にある真言宗智山派総本山智積院別院

真福寺|港区愛宕にある真言宗智山派寺院の摩尼珠山真福寺の縁起と所蔵の文化財などを御府内寺社備考等からの引用を交えて案内。総本山智積院の東京別院

真福寺は京都市東山七条にある真言宗智山派総本山智積院の別院で、真言宗智山派の宗務出張所が置かれているお寺です。 天正19年(1591)中興照海上人が徳川家康公を慕って江戸へ出て、鉄砲洲に庵を構えたのが始まりで、慶長10年(1605)家康公より愛宕下に1360坪の土地を賜り、開創されました。 元禄年間になると弘法大師四国八十八ヶ所札所詣りの信仰が盛んになり、宝暦年間には御府内八十八ヶ所霊場が定められ、真福寺も第67番として名を連ねています。 このお寺のご本尊様は「薬師如来」正しくは「薬師瑠璃光如来」といい、そのお姿は、右手で人々に安らぎと勇気を、左手に持つ薬壷で、病気の苦しみを除く請願を示し、「愛宕下のお薬師さん」と通称され、ご縁日には門前市を成す賑わいで、広く庶民の信仰を集めてきました。 長い歴史の中で度重なる火災や震災などにより堂宇も焼失しましたが、大正から昭和にかけて再建された本堂や庫裡も老朽化が進み、平成7年4月に近代的な「真福寺・愛宕東洋ビル」として再生され、宗団の東日本における拠点として活動しております。(境内掲示より)

「芝區誌」による真福寺の縁起

真福寺 愛宕町一丁目八番地 新義真言宗智山派に属し、摩尼珠山と號する。江戸時代には本宗派四役寺の随一であり、總本山智山派の觸頭として派内の公務を處辨する樞要な宗冶機関であつた。今尚同本山の東京別院として同派の宗務所が置いてある。天正十九年僧照海鐵砲洲に一小庵を營み、慶長十年此地に本寺を建立した。本尊は浅野幸長等身の薬師如来である。大正大震火災の爲め炎上したので、昭和六年現堂宇を再建した。境内には勝軍地蔵の銅像がある。御府内第六十七番の札所である。(「芝區誌」より)