さねさし歌日録
偏屈棒主人:短歌しかなかったことにいまさらながら気づき、日付をもった短歌を作ってはどうだろうかと思いつきました。 せっかく作ったものの発表する場もないので、はりあいもない。わが房のIT担当の息子の力を借りて、このような場を作ってもらいました。しばらくは二週間に一度くらいのペースで公開していこうと思っています。
【評】『法華経』法師品が説く内容をまとめたものだが、典拠の知識がなくてもすんなりと理解できる法悦の世界を歌う。法師品の偈(詩の形で表現された部分)で「若し説法の人にして独り 空 (しず) 閑 (か) なる処に在りて、 寂寞 (ひつそり) として人の声なきとき、この経典を読誦せば、われは、その時のために、清浄なる光明の身を現わさん」とする部分にほぼ対応するが、仏をさまざまに供養することについては経本文に「種々に 華 (け) ・ 香 (こう) ・ 瓔珞 (ようらく) ・ 抹香 (まっつう) ・ 塗 (ず) 香 (こう) ・焼香・ 繪 (ぞう) 蓋 (がい) (絹製の傘)・ 幢 (どう) 幡 (ばん) (旗とのぼり)・ 衣服 (えぶく) ・伎楽を供養し、乃至、合掌し 供 (く) 敬 (ぎよう) せば」と見える。ここに示されている華以下の十種のものを仏に供養する儀式を十種供養と呼び、院政期には盛んに行われた。文治四年(一一八八)、後白河院の行った 如法 (によほう) 経会 (きようえ) (厳格な作法に従って『法華経』を書写供養する法会)は後世の如法経会のモデルの一つになったが、この折にも十種供養が行われている。
寂寞音せぬ山寺に 法華経誦して僧ゐたり 普賢 頭 (かうべ) を撫でたまひ 釈迦は常に身を護る (九八)(ひっそりと音もしない山寺に、『法華経』を読誦しつつ、僧は座っている。普賢菩薩は僧の頭をお撫でになり、釈迦如来は常に僧の身を護って下さるのだ)
というもので、『法華経』を読誦する山寺の僧とその身に寄り添っている普賢菩薩釈迦如来の姿を物語的に描いている。また普賢品の一首には、草の庵の静けきに 持経法師の前にこそ 生々世々にも値ひがたき 普賢薩埵は見えたまへ (一六八)(静かな草庵で、『法華経』を信じ保つ僧の前にこそ、現世でも来世でもなかなかお会いできない普賢菩薩がお姿をお現わしになることだ。
2月27日(金)
Posted on 2026年3月27日 by 偏屈房主人 / 0件のコメント妻のピンクのセーターとわが濃紺のセーターがからみあふ。あゝのどかなり
なんとなく泣きさうにならむ。セーターがからみあひつつ絨毯の上
妻のピンクのセーターの魅力的なる今妻が着れば似合ふ
『孟子』離婁章句下110 孟子曰く、「王者の 迹 (あと) 熄 (や) んで詩亡ぶ。詩亡んで、然る後春秋作る。晋の乗、楚の 檮 (たう) 、魯の春秋は一なり。其の事は則ち 斉桓 (せいくわん) ・ 晋 (しん) 文 (ぶん) 。其の文は則ち史。孔子曰く、『其の義は則ち丘窃かに之を取れり』と」
一乗 実相 (じつさう) 珠 (たま) 清し 衣の裏にぞ 繋 (か) けてける 酔ひの後にぞ悟りぬる 昔の親のうれしさに (法文歌・法華経二十八品歌・五百弟子品・九一)
【評】『法華経』五百弟子品で説かれる 衣 (え) 珠 (しゆ) の譬えを歌った一首。親友の家で酔いつぶれた男の衣の裏に、友は高価な宝珠を縫い込んでおいたが、男は気づかないままに貧窮した。後日、親友に再会してやっと宝珠のことを知った。このように、愚かな衆生は、仏の教えを受けても悟ることができないのである。
2月26日(木)
Posted on 2026年3月26日 by 偏屈房主人 / 0件のコメントデスゲーム蟲毒に果てし男らの魂といふものありしと思ふ
天・地・人と京から東京へ殺し合ふ二百九十二人次々に滅ぶ
イクサガミ、勝ち抜くものは誰ならむわくわくどきどき終らんとする
『孟子』離婁章句下109 孟子曰く、「禹は 旨 (し) 酒 (しゆ) を 悪 (にく) んで善言を好む。 湯 (たう) は中を執り、賢を立つること方無し。文王は民を視ること傷つけるが如く、道を望むこと未だ之を見ざるが 而 (ごと) し。武王は 邇 (ちか) きに 泄 (な) れず、遠きを忘れず。周公は三王を兼ね、以て四事を施さんことを思ふ。其の 合 (がつ) せざる者有れば、仰いで之を思ひ、夜以て日に継ぐ。幸ひにして之を得れば、坐して以て 旦 (たん) を待つ」
禹・湯・文王・武王・周公それぞれに秀でたるものをもつ
われらが疲れし所にて 休むる心しなかりせば 宝の所に近くとも 途中 (みちなか) にてぞ帰らまし(法文歌・法華経二十八品歌・化城喩品・八八)
2月25日(水)
Posted on 2026年3月25日 by 偏屈房主人 / 0件のコメントほとばしり咲くは白梅。公園の 際 (きは) に花着け芯から匂ふ
白梅のきはめて低きに咲く花のしかし淫蕩なる香りたゆたふ
足取りをそこなふごとくに梅匂ふ。気分淫蕩なり。その白き花
『孟子』離婁章句下108 孟子曰く、「人の禽獣に異なる所以の者は 幾 (ほとんど) ど希なり。庶民は之を去り、君子は之を存す。舜は庶物を明らかにし、人倫を察す。仁義に由りて行ふ。仁義を行ふに非ざるなり」
舜は庶物の道理に明らかであり人倫をわきまへ仁義に由りて行ふ
釈迦の 御法 (みのり) はただ一つ 一味 (いちみ) の雨にぞ似たりける 三 (さん) 草 (さう) 二木 (にもく) はしなじなに 花咲き実熟るぞあはれなる(法文歌・法華経二十八品歌・薬草喩品・七九)
2月24日(火)
Posted on 2026年3月24日 by 偏屈房主人 / 0件のコメントわが歩みの先行く 小爺 (こぢぢい) 。懸命に追ひ抜かむとするにとても及ばず
わが前をゆく子爺の 面 (つら) を見むと思へどつひにふりかへることなし
角を左に曲がる小爺の姿見むとしてわれも曲がるに影すらもなし
『孟子』離婁章句下107 徐子曰く、「仲尼 亟 (しば) 〃 (しば) 水を称して曰く、『水なるかな水なるかな』と。何をか水に取れるや」と。孟子曰く、「 原泉 (げんせん) 混混 (こんこん) として 昼夜 (ちうや) を 舎 (お) かず。 科 (あな) に盈ちて而る後に進み、四海に 放 (いた) る。 本 (もと) 有る者は 是 (かく) の如し。是を之れ取れるのみ。苟も本無しと為さば、七八月の 間 (かん) 、雨集まりて、 溝澮 (こうくわい) 皆盈つるも、其の涸るるや、立ちて待つ可きなり。故に 声聞 (せいぶん) 情に過ぐるは、君子之を恥づ」と。
君子は名声が実情以上は水源なき水と同様恥とするべし
窮子 (ぐじ) の譬ひぞあはれなる 親を離れて五十年 万の国に誘はれて 草の庵に留まれば (法文歌・法華経二十八品歌・信解品・七八)
【現代語訳】 窮子 (ぐじ) の譬え話はまことに感銘深く思われることよ。親の家を出て五十年間、あちらこちらを放浪し、ついに親の家に戻っても門外の草庵にとどまって、卑しい身と思っていたのだから。
2月23日(月)
Posted on 2026年3月23日 by 偏屈房主人 / 0件のコメント雪の降りし翌日の朝、水のしたれば雪白くして未だに残る
雪残る垣根の低き植木なり。なかなか溶けず、さはれば零る
雪人形いくつか残る朝ならむ微笑めば人形も笑ひ反す
実際には不祥不吉の言などなしあるとすれば賢者道を妨ぐるもの
幼き子どもはいとけなし 三つの車を請ふなれば 長者はわが子の 愛 (かな) しさに 白 (びやく) 牛 (ご) の 車ぞ与ふなる(法文歌・法華経二十八品歌・譬喩歌・七二)
2月22日(日)
Posted on 2026年3月22日 by 偏屈房主人 / 0件のコメント鳩は平和の象徴と言ひしも現実は糞、糞し放題
マンションの周囲にたたずむ鳩どもをやっつけねばならぬ鴉とともに
ときをりはトンビも上空に現れていつせいに逃ぐる鳩むれならむ
いにしへ童子の 戯 (たはぶ) れに 砂 (いさご) を塔となしけるも 仏に成ると説く経を 皆人持ちて縁結べ(法文歌・法華経二十八品・方便品・六八)
偏屈房主人挨拶
もともと偏屈ではありましたが、年を取るにつれていっそう偏屈の度が増したようで 、新聞をひらいては腹を立て、テレビニュースを観ては憮然とし、スマートフォンのネッ トニュースにあきれかえる。 だからといって何をするでもなくひとりぶつぶつ言うだけなのですが、これではただの偏屈じじいではないか。このコロナ禍時代にすることはないかと考えていたところ、まあ高邁なことができるわけもない。私には短歌しかなかったことにいまさらながら気づき、日付をもった短歌を作ってはどうだろうかと思いつきました。
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プロフィール写真 by Ryusei Ogasawara