6年「天皇中心の国づくり~聖徳太子の願いはどう引き継がれたのか~」2025年度ver.指導案(単元計画・ワークシート・資料・授業用パワポ)小学校社会科
1.当時の社会背景(豪族が暴れていた)と聖徳太子の願いがわかる
※うまくダウンロードができない場合はコチラをご覧ください。 [聖徳太子]の写真を見せる
・「聖徳太子がやったこと」について知っていることを話し合う
法隆寺建立
冠位十二階
十七条の憲法
※この3つは歴史が好きな子が居れば、出てくるかなと思います。ただ、出てこなかったら、十七条の憲法と冠位十二階という制度を作った人だということを伝えて下さい。
・聖徳太子は「天皇」ではなく、
「天皇」を助ける「摂政」という学校でいうところの教頭先生だったということ
<聖徳太子は何がしたかったのだろう?>
・予想⇒調べる視点づくり
理想の国造りがしたかったのでは?
天皇を助けたかったのでは?
・グループ学習(検証・考察)
理想の国造り
「人の和」を大切にした国造り
「天皇中心」の国造り
「仏教」を広げたかった
天皇を助けたかったのでは?
各地の豪族が好き勝手していた
●結局、「聖徳太子」は1番何がしたかったの?(事実をつかんだら考えること)
第一に「人の和(みんなが協力できる状態)」の国にしたかった。
⇒ そのためには豪族を排して、「天皇」を中心にして争いをなくす
仏教を広めて「みんなが協力できる国」にしたかった
2.聖徳太子の願いが引き継がれたことがわかり、学習の見通しを持つことができる
※うまくダウンロードができない場合はコチラをご覧ください。・道半ばで聖徳太子は死んでしまうということを伝える
復習:聖徳太子は天皇中心の国造りにして「平和」な国にしたかった。
<聖徳太子が目指した天皇中心の平和な国づくりは受け継がれたのかな?>(一斉授業)
・【年表】から考える
豪族の曽我氏をやっつけた ⇒ 天皇中心になったのでは?
大化の改新ということが行われている ⇒ 国の仕組みが変わったのでは?
聖武天皇が国分寺建立の詔を出して、実際に全国に作られた。
⇒ 天皇の命令が全国を動かしている!=天皇中心になっている!
・天皇中心になったことはわかったね。
・推古天皇も困るぐらい豪族が好き勝手していた時代から、天皇の言うことを素直に聞くようになったんだね。
⇒ どんな風に変えていったんだろう?
≪聖徳太子が目指した天皇中心の国造りは、誰がどのように受け継いでいったのかな?≫
●何がわかればそれがハッキリしそう?
<大化の改新では天皇中心にするためにどんなことをしたのかな>
<なぜ聖武天皇は日本全国に国分寺を建てたのか>
(これが出てこなかったら、これって「天皇中心」と関係あるの?と突っ込んであげると興味が出るかもしれません)
3.天皇中心の国にするための大化の改新の内容がわかる。
※うまくダウンロードができない場合はコチラをご覧ください。 <大化の改新では天皇中心にするためにどんなことをしたのかな>
・予想
今いる豪族への対処
豪族を倒したのでは
新たな豪族が出てこないようにするための予防策
法律を作ったのでは
・グループ学習(検証・考察)
今いる豪族への対処
→天皇をしのぐ勢力をもった蘇我氏を倒した
新たな豪族が出てこないようにするための予防策
・第一条「公地公民制」
それまで土地や人民は、王族・豪族がそれぞれ支配していましたが、この「公地公民制」は「これからは豪族が所有していた土地や人民も国(天皇)が支配します、所有することを禁止します」というものでした。
・第二条「国郡制度」
続いての「国郡制度」は「全国を国(60以上)に・国をいくつかの郡に分ける」というもの。今の日本が47の都道府県に分かれているようなものです。地方行政組織を定め、中央の朝廷からは国司が派遣され、政治をとることを定めたものでした。
・第三条「班田収授法」(はんでんしゅうじゅのほう)
「班田収授法」には、まず「6年に一度、みんなの戸籍をつくる」という前提があります。そのうえで「戸籍に従って土地(公地)をみんな(公民)に分け与える。そして亡くなったら国に返してもらいます」という内容が示されています。
・第四条「租調庸の税制」(そようちょうのぜいせい)
そして、「租調庸の税制」とは「みんな(公民)に税を負担してもらいます」というものなので、いわゆる統一的税制のことです。
●そのことが「天皇中心の国づくり」とどうつながるの?
(事実をつかんだら考えること)
天皇をしのぐ蘇我氏倒すことで、天皇を一番にすることができた。
すべての天皇の持ち物にすることで、すべて天皇の許可が必要になった。だから天皇を無視することができなくなった。
4.人々の生活の様子についてわかり、聖武天皇の権力の大きさを実感する。
※うまくダウンロードができない場合はコチラをご覧ください。 ・聖武天皇が「国分寺建立の詔」を出して、20年かからないぐらいの期間で
日本全国で60ヶ寺の国分寺が完成した。
⇒えー!
<なぜ聖武天皇は日本全国に(一気に)国分寺を建てたのか>
・予想
日本全国で何かが起こったのでは?
何か全国的に病気とかが流行ったのかな?
聖武天皇の意図・願い
仏教を広めたかった
・グループ学習(検証・考察)
日本全国で何かが起こったのでは?
日本全国的にききんが発生したり、生活苦で国民が困っていた。
聖武天皇の意図・願い
日本国民の救済をしたかった
●そのことが「天皇中心の国づくり」とどうつながるの?(事実をつかんだら考えること)
国民の不満を天皇に向かないようにした。(政権の安定)
⇒日本全国に命令が届くようになったということは、いよいよ天皇中心になったね。
●聖徳太子が1番願っていたのは、天皇中心にすることだった?
いや、「人の和」を第一に考えていた。天皇中心はあくまでもそのための手段。
⇒ 次の時間、「人の和(平和)」の国になったのかを検証しよう!
5.聖徳太子の願いがかなったのかということを検証することができる※うまくダウンロードができない場合はコチラをご覧ください。
・国分寺の総本山が「東大寺」だということを知らせる。
・東大寺には「大仏(奈良の大仏)」があることを紹介。
・大仏の大きさを紹介。
<聖武天皇はどうやってこんなに大きな大仏を作ることができたのかな?>
・予想
渡来人に助けてもらったのでは?
大きなものを作るための技術を学んだ
誰かが協力した
全国の人たち
有力な人
・グループ学習(検証・考察)
渡来人に助けてもらったのでは?
多くの渡来人が助けてくれた
誰かが協力した
行基が協力してみんなを説得してくれた
日本全国の人たちが大仏づくりに協力した
●「人の和(平和)」の国になったといっていいのかな?
聖武天皇は命令したわけではないが、みんなが協力したということは、「人の和(平和)」になったと考えていいのではないか
6.≪米が伝わって、人々のくらしはどう変わったのかな?≫ ・ノートで考える(5分) ⇒ オクリンクプラスのカードでまとめる(10分) ➤「みんなのボード」と「提出Box」の両方に提出させる ・交流 (相互評価:子どもはみんなのボードでリアクションさせる。 教師は提出Boxで評価やコメントを入れて フィードバックする準備をする。)評価 (以下の2点が入っていれば OK) ① 【この時代の成果】 ・食の安定(縄文時代の課題の解決) ② 【弥生時代に新たに生まれた課題】 ・身分の差ができた ・争いが発生するようになったまとめ(自分のアイデアと、他の人のまとめ、先生からのフィードバックをもとに考える)
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