. トップフォトグラファーが語る「人とは違う写真」の極意
トップフォトグラファーが語る「人とは違う写真」の極意
トップフォトグラファーが語る「人とは違う写真」の極意

トップフォトグラファーが語る「人とは違う写真」の極意

トップフォトグラファーが語る「人とは違う写真」の極意
  • 2025.12.27 23:00
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  • かみやまたくみ
2025年世界水泳選手権大会16日目、シンガポールのセントーサ島で行われた男子27m高飛び込みに出場したカルロス・ヒメノ(スペイン)のシルエット。 ©Bob Martin Photography

写真の中には「思わず見てしまう魔力」が備わっているものと、そうでないものがありませんか。

誰もが写真を当たり前のように撮るようになりましたが、目を奪う写真と、埋もれてしまう写真は何が違うのでしょう? なぜ自分の写真は「思ったほどよくない」のでしょう?

iPhoneで写真を撮り始めてこの方ずっと気になっていたのですが、先日、これの答えっぽいものを教えてもらえました。

2025年7月に開催された世界水泳選手権を取材した際に、世界的なフォトグラファー ボブ・マーティン氏にお話をうかがう機会をいただきました。マーティン氏の主戦場は世界規模のスポーツ競技大会、「スポーツの最中に現れる劇的な一瞬」を巧みに切り取る、スポーツ写真の巨匠です。

ボブ・マーティン氏。スポーツ写真家。広告・企業・報道向けのスポーツおよびアクション写真を専門としている。数々の賞を受賞しており、過去16回の夏季・冬季オリンピックをはじめ、エレファントポロや氷上競馬まで数多くの撮影を行っています。作品は『スポーツ・イラストレイテッド』『タイム』『ニューズウィーク』『ニューヨーク・タイムズ』など、数多くの出版物に掲載されていますPhoto: かみやまたくみ

「写真とは、あなたにとって何ですか?」と尋ねた際のマーティン氏の返事がとても印象的に残っています。

現代のテクノロジー(が備わったカメラ)があれば、水泳を一度も撮ったことがない人でも、私が1時間教えればちゃんとしたアクション写真が撮れると思います。それくらいカメラは賢くなりました。

じゃあ、プロの仕事は何かと言えば、“違う写真を撮ること”なんです。経験で「どこに立って撮ればいいか」「どの瞬間が一番ドラマチックか」が見えてくる。そして、「あ、こういう切り取り方は見たことがない」と思わせる一枚を撮ること。

いまの時代、ただ“上手い写真”より、“違う写真”こそがいい写真だと思っています。

「人とは違う写真こそ正義」という感じで、作品にも並の発想では撮れないようなものがたくさんあります。ご自身はソニーのフラッグシップミラーレスをフル活用して実践されていますが、機材がスマートフォンのカメラやコンデジなどでも適用できるシンプルな考え方でもあります。

「いいスポーツ写真」とは何か?

Photo: かみやまたくみ

「あなたにとって、いま“いい写真”とは何ですか?」と話を切り出すと、マーティン氏は「かつてのスポーツ写真と現在のそれとの違い」から教えてくれました。

私がキャリアを始めた頃、“いいスポーツ写真”はただの“いいアクション写真”だったんです。ランナーの両足が宙に浮いた瞬間を正面からピタッと止められていれば、それだけで評価されました。だからスポーツフォトグラファーは職人・テクニシャンと見られていた。アーティストじゃない、ということです。

スポーツをしている人を撮影しようとすると、ピントを合わせるのがとにかく難しい。激しく高速に動くので、被写体が画角の外に出てしまいます。ましてや当時はマニュアルフォーカス。望遠レンズで被写体を追い続けるのは職人芸でした。でもそれは、テクニックがあれば誰でも撮れると思われているということでもありました。

時代が進むと、状況は大きく変わりました。

機材(カメラ)がとんでもなく良くなったおかげで、“撮れるかどうか”から“どう撮るか”に頭を使えるようになりました。理想は、アクションが良くて、構図が良くて、そのうえでどこで撮ったかも伝わる写真です。

まずは当然、動きとして優れていること。スポーツなんだから、アクションが悪ければ話になりません。

次に、構図がきちんとしていて、背景がうるさくないこと。主役をちゃんと引き立てる背景か、あるいはあえてニュートラルな背景にします。

最後に、私が特に大事にしているのが“sense of place”、場所の感覚です。写真を見ただけで「あ、パリ五輪だ」「シンガポールの世界水泳だ」と分かるもの。ロゴや「PARIS 2024」のワードマークが入っていてもいいし、ロードレースならパリの街並みそのものを背景として入れてもいいでしょう。

たとえば、「シンガポール 2025」とか「ウィンブルドン 2025」といった“場所”が、ちゃんと写っている写真ですね。

マーティン氏はスポーツ写真の専門家なので文脈をスポーツに限定していますが、日常的な写真にも応用が効く気がします。変なポーズをとるとか、ちょっとした動きがあるだけでもかなり印象的になりますよね?

「似た写真」と「違う写真」

2025年世界水泳選手権大会13日目、シンガポールで行われた男子5〜8位決定戦、アメリカ対クロアチア戦の前に、アメリカ代表チームがステージ上で国歌斉唱のために起立したところを捉えた写真©Bob Martin Photography

しかし、いつも自分が撮りたいように撮れるわけではありません。そして、1つの競技に約1,400人のフォトグラファーが集まる五輪などでは、これはかなり大きな問題になるそうです。

100m走のフィニッシュラインにフォトグラファーが約250人並び、同じ瞬間を撮ります。当然、みんな似た写真になりますよね。だから私は、“違う写真”にこそ価値があると思っているんです。“一番うまく撮れている写真”より“誰も撮ってない写真”の方が、結果的にいい写真になることがある。私はいつも、それを狙って動いています。

マーティン氏は“どこか別の場所”を探すと言います。他のカメラマンがいない場所、別の角度、別の距離感。おもしろいのが、最新のテクノロジーを搭載したカメラがその姿勢を支えていることです。

「技術」をカメラに任せて、「創造性」に集中する

Photo: かみやまたくみ

「カメラなんて関係ない、大事なのは目だ」というスタンスの写真家もいるそうですが、マーティン氏は少なくともスポーツ写真については「かなりカメラに頼る部分が大きい」と考えているとのこと。

スポーツ写真では、機材の性能がものすごく重要です。焦点距離が600mmで、AFがビタッときて、1秒間に30コマ撮れて、瞳AFで選手の目を追い続けてくれる。こういうカメラがあるから、私は“技術の心配”から解放されて、“クリエイティブなこと”に頭を使えるんです。

昔なら“撮れたかどうか”を気にしていたようなシーンも、今はカメラに任せられます。私自身は「ここから撮ったら背景がきれいか」「1メートル左に動くともっと良くなるか」みたいなことだけ考えていればよくなりました。

マーティン氏は、ソニーのフラッグシップミラーレスとレンズを利用しています。

- 解像度が約5050万画素で毎秒30コマの連写ができる「α1 II」

- 毎秒120コマでボクシングのパンチが相手に当たる瞬間、アーチェリーの矢が指を離れる瞬間まで狙える「α9 III」

- 600mmや400mmの超望遠レンズは遠くが撮れるだけでなく、選手の目を正確に追い続けるだけのオートフォーカス性能を発揮する

機材好きかどうかを尋ねると、こんなお返事でした。カメラの性能・機能を活かすことで生まれる「撮りやすくなる」「考える余裕」という側面をとても重視しているのがわかります。

テクノロジーを受け入れるのは得意な方だと思います。

新しいカメラを手に入れたら、まずマニュアルを全部読みます。できるだけ多くの機能を理解して、自分用にカスタマイズしています。

一度、自分好みに設定してしまえば、あとはメニューのことを忘れられるんです。カメラが自分の分身みたいに動いてくれるから、私は写真を撮ることに集中できます。

水泳ではフォーカスエリアを小さめにし、サッカーでは大きめに。乗馬競技を撮る際には「馬の目」ではなく「人の目」を優先するよう設定するなど、オートフォーカス関連の設定を特に重視しているとのことでした。

600mmで“スポーツの中に入る”:ある写真の裏側

2025年世界水泳選手権大会21日目、シンガポールのWACアリーナで行われた男子200mバタフライ決勝に出場するルカ・ウルランド(アメリカ)。©Bob Martin Photography

取材中、マーティン氏が撮影した一枚の写真が話題にあがりました(現在、ネット上では閲覧できません)。男性と女性のペアで行う水中の競技の写真なのですが、男性選手が女性選手の頭を水に押し付けているように見えなくもありません。メロドラマの一幕、憎しみが最高潮に達した瞬間のような、鬼気迫る雰囲気です。解釈はさておき、いろんな想像が働く写真でした。

この写真についてマーティン氏は次のように説明してくれました。

あの男性選手がプールサイドに出てきた瞬間から、これは面白い被写体だと感じました。歩き方からして、クジャクみたいに誇らしげで、顔にものすごくキャラクターがあったんです。

存在感は抜群だったわけですが、残念なことに件の選手は上位入賞を果たせていません。

テレビだと、すべてが動いていて、次々にシーンが変わってしまう。だから、こういう一瞬は見逃されてしまう。でも写真なら時間を凍らせられる。600mmのレンズで“スポーツの内側”まで入り込んで、表情と腕の位置を見つけて──あの瞬間は、泳ぎというよりダンスのように見えました。

実はこの着想、カメラ技術の発展があったからこそなところがあります。上掲の作例のように、かつてはピント合わせはほぼ不可能な距離での撮影ですが、いまは瞳AF(被写体の目にピントを合わせてくれる機能)によって「撮れる」ようになっています。

だからこそ、思い切って“寄れる”んです。あの写真も、彼の表情を撮るつもりで、普段よりずっと大胆に寄りました。

マーティン氏のクリエイティビティは、明らかにテクノロジーと融合していました。

「カメラの形」と「ボタン配置」にこだわる

Photo: かみやまたくみ

マーティン氏は、実際に利用したソニーのカメラへのフィードバックも行っており、スペックだけでなく握ったときの感覚も気にするそう。縦位置グリップ付きのフラッグシップ機を手に取り、こんな説明をしてくれました。

ここが露出補正、ここがシャッタースピード、ここが絞り。横位置でこう持ったときの各ダイヤルの“位置と触り心地”が、縦位置に持ち替えても完全に同じなんです。クリック感も、表面のテクスチャも。

私たちはスキーや冬のサッカーを撮るとき、手袋をします。そのとき2〜3ミリの位置の違いが、操作ミスに直結します。だから目をつぶっていても触れば分かるように作ってあるのです。

ソニーの技術開発力を信頼しているから、人間工学的な部分に注目しているところもありそうでしたけど。

理想のカメラは何か? と聞かれたら、正直、もう“形”に関してはこれで十分と言えるくらいです。あとは、ソニーが勝手に(笑)オートフォーカスをもっと良くしていってくれるでしょう。

Photo: かみやまたくみ

マーティン氏的にはまだカメラの性能はまだ進化して欲しいとのこと。

(向上して欲しい点といえば)高感度性能ですね。私たちは試合の半分をナイターや屋内のフラッドライトの下で撮っています。いま、この会場の水泳を撮るには、1/1600秒・F4でシャッターを切りたい。水しぶきや気泡まで止めたいから。そうするとISO 2000くらいになります。

これが、ISO 4000でもほとんど画質を落とさずに撮れるようになれば、昼間と同じクオリティで夜も撮れる。ここは、これからさらに良くなってほしいですね。

オートフォーカスも、すでに「人間より上手い」と言いつつも、まだ改善の余地あり。

たとえば、水球をネット越しに撮るとき、今はAFを切ってマニュアルで合わせています。細かい網目がどうしても邪魔になるから。

将来的には「このボタンを押したら顔だけ見て、手前の障害物は完全に無視する」みたいなモードができるはず。すでに途中で何かが横切っても、すぐにはピントを奪われないくらいまでは来ているので、ここから先が楽しみです。

技術が進化すればカメラも進化し、今まで撮れなかった写真が撮れるようになります。マーティン氏はそれを踏まえてどう撮るべきかを考え、何よりそれを楽しんでいました。

α1 IIのシャッターを切るマーティン氏の口元には、常に笑みが浮かんでいるように見えました。

「もっといいのが撮れるかもしれない」

Photo: かみやまたくみ

スマホカメラの進化で、「誰もが写真家」の時代になったとも言えます。この現代スポーツ写真の巨匠はその状況をとてもポジティブに捉えていました。

素晴らしいことだと思います。私の孫娘もInstagramをやっていて、「おじいちゃんより上手く撮れたよ!」って見せてきます。そうやって、みんなが“ちょっとでもいい写真を撮ろう”と試行錯誤するようになりました。日常的に写真を撮る人が増えたことで、“本当にいい写真”を見た時に、ちゃんとそれを認識できるようになったとも感じます。

まずはスマホで楽しんで、次にコンパクトカメラに興味を持って、それからもっと本格的なカメラに進む人も多いですが、入口は違ってもやっていることは私と同じ、「いい写真を撮りたい」という一心です。

取材中、マーティン氏は何度も「まだ自分はもっと上手くなれる」と口にしました。その理由は実に素朴。

私は、いい写真が撮れたら幸せです。でも“すごくいい写真”が撮れた日は、もっと幸せになります。だから毎日、「昨日よりいい写真を撮れないか」と考えています。

サッカーの試合で、開始直後に信じられないようなゴールシーンが撮れたとしましょう。本来なら、それでもう十分だけど…

本当に賢い人なら、そこで帰るのかもしれません。「もう今日のベストは撮れた」って。でも私は「もっといいのが出るかもしれない」と思ってしまいます。ちょっとずつ位置を変えたり、レンズを変えたり、設定をいじったりして、延々と試し続ける。正直、少し強迫的なところはありますね。

ものすごい苦労をして撮った写真であっても、家族からの評価が芳しくないこともあるそうです。巨匠でさえ、そうなのです。

「うーん、普通の写真じゃない?」って(笑)。私は山を登って崖を降りてやっと撮ったから、主観的には最高の一枚なんだけど、客観的にはそうでもない。本当は、そこを切り離して冷静に見ないといけないんですけどね。

「どこから撮れば、もっと面白くなるか」

「どう切り取れば、“ここ”でしか撮れない一枚になるか」

何も考えずにシャッターを切るのではなく、少し考えてみる。「どこから」「どう」を思いつきやすくするために、カメラにこだわったり、機能を把握してみる。写真がうまくなるとは、そんなことの繰り返しなのかもしれません。

誰かが「あの写真、すごく良かったよ」と言ってくれること。それが、私にとって一番のご褒美なんです。自分がいいと思っている写真を、あなたもいいと言ってくれたら。それが最高ですね。

Photo: かみやまたくみ

取材協力:ソニー

Source: Bob Martin

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