熊曽国(3)童女装い 兄弟を討つ
ヤマトタケルのまほろば 第2部熊曽国(3)童女装い 兄弟を討つ2016/5/6 05:00- 産経WEST
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鹿児島県霧島市の妙見温泉。温泉街には不似合いな苔(こけ)むした岩肌に「熊襲(くまそ)の穴」がある。看板にはこう書かれている。
〈昔、熊襲族が居住してた穴で、熊襲の首領、川上梟帥(かはかみたける)が女装した日本武尊に誅殺されたところ〉
川上梟帥とは古事記が記す熊曽建(くまそたける)のこと。父、12代景行天皇の命で西征した倭建命(やまとたけるのみこと)(日本書紀では日本武尊)が、使命を果たした地はここだと、看板は紹介しているのである。
〈其の家の辺(ほとり)に、軍三重(いくさみえ)に団(あつま)り、室を作りて居り〉
古事記は、クマソタケルの住居についてこう書く。周辺に軍勢を三重に配した岩窟に居たというのだ。容易に攻め落とせないとみたヤマトタケルは、室の落成祝いの宴が催されるまで待った。
〈童女の髪の如く、其の結(ゆ)はせる御髪を梳(けづ)り垂れ、其の姨(をば)の御衣(みそ)・御裳(みも)を服(け)し、既に童女の姿に成りて、女人の中に交り立ち、其の室の内に入り坐(いま)す〉
叔母のヤマトヒメから頂戴した衣服で童女を装い、堅陣に入ったのである。
〈其の嬢子(をとめ)を見咸(みめ)で〉と古事記は続ける。クマソタケルの兄弟は、かわいい娘と心惹(ひ)かれ、2人の間に座らせて酒盛りを続けた。その油断をヤマトタケルは見逃さなかった。
〈其の酣(たけなは)なる時に臨み、懐より剱を出だし、熊曽が衣の矜(くび)を取りて、剱を其の胸より刺し通したまふ〉
兄を討たれて驚いた弟が逃げ出したが、階段の下で捕まえた。
〈其の背を取りて剱を尻より刺し通したまふ〉
策略を用い、手際の良い太刀さばき。兄の大碓命(おほうすのみこと)を惨殺した時とは別人のような姿を、宮崎県立看護大の大館真晴教授は「王者に必要な知恵のある戦い方、武神とするにふさわしい戦い方」と評する。
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