粟田口派
粟田口派粟田口(あわたぐち)
- 鎌倉期に京都東山の粟田口に開いた刀工一派。 三条小鍛冶宗近や五条国永などは三條派とし、粟田口派には含めない。
- 粟田口一派、粟田口派。鎌倉初期から中期にわたり最も栄えた。
- 開祖は粟田口国家。国家の子が粟田口六兄弟。
- 国友、久国、国安、国綱らが後鳥羽院御番鍛冶と伝わる。
- 粟田口とは
- 【鎌倉時代初期】(粟田口六兄弟)
- 長男:国友
- 次男:藤次郎久国
- 三男:藤三郎国安
- 四男:国清
- 五男:有国
- 六男:左近将監国綱
- 【鎌倉時代中期】
- 則国
- 国吉
- 左兵衛尉国光
- 藤四郎吉光
- 新藤五国光
- その他の系譜
- 因州景長
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粟田口とは
- 京都粟田口は、古来近江(滋賀県)側から山科を経て京の街に入る際に使用された街道沿いにある。京都七口のひとつで三条口・大津口とも呼ばれ、東海道・東山道から京都へと入る入口となっていた。 現在、東海道本線は山科から京都駅に向かって西南西に進むが、当時の東海道は大文字山の山すそを北西に進み(現在の京都市営地下鉄東西線のルート)、三条へと入っていた。粟田口の地名は、蹴上駅から東山三条駅に至るまでの区間とほぼ重なっている。このうち鍛冶が住んでいたのが現在の京都市東山区粟田口鍛冶町とされる。
- 宇治拾遺物語にも次のように描写され、当時すでに鍛冶の一群が住していたことがわかる。
越後より鮭を馬に負せて二十駄ばかり、粟田口より京へ追入れけり、それに粟田口の鍛冶が居りける程に云々 三条小鍛冶宗近が住したのもこの粟田口である。現在の京都市東山区粟田口鍛冶町の佛光寺には、大正6年(1917年)3月建立の宗近の古跡が残る。
- 代表的な刀工として下記がいる。
【鎌倉時代初期】(粟田口六兄弟)
- 開祖は國家とされるが、古来作刀が現存せず、実質的にその子である六兄弟が開祖とされている。
- 藤林左衛門尉。
- 建久年間、御番鍛冶六月番
- 古刀最上作 子:則国(承久年間)-孫:国吉(宝治年間)-曾孫:藤四郎吉光
- 現存作は極めて少ない。
- 藤次郎。建久年間。
- 御番鍛冶閏月上番
- 備前の一文字信房とともに、「奉授剣工」として後鳥羽上皇の御作刀の相槌を許され、師徳鍛冶を拝命、「日本鍛冶惣匠」。
- 「大隅権守」を受領したといい、刀工で初の受領とされる。
- 古刀最上作
- 銘は「久国」二字銘がほとんどで、まれに「藤次郎久国」と切る。隠し銘で「十二神」「明堂」「明空」とも切る。「注進物」には十二神の名であげられる。
- 現存作のうち1口が国宝、3口が重要文化財に指定
- 粟田口国家の三男。
- 藤三郎、林三(林藤三郎の意)。
- 正治年間
- 御番鍛冶四月上番
- 「山城守」を受領。
- 古刀最上作
- 現存作は少ない。
目録 一 銘国安太刀 一振 右贈呈ス 昭和拾年四月大満州帝国皇帝陛下御訪日記念 伯爵 津軽義孝 工藤忠殿
太刀 銘 国安。刃長二尺二寸九分。昭和16年(1941年)9月24日重要美術品認定。認定時所持者木村貞造氏。磨上、茎尻に二字在銘。表裏に棒樋。 太刀 銘 国安。刃長二尺四寸六分。昭和17年(1942年)5月30日重要美術品認定。認定時所持者浅野長武氏。 刀 無銘 伝国安。刃長二尺三寸五分。昭和14年(1939年)2月22日重要美術品認定。認定時所持者細川護立氏。大磨上無銘。 刀 無銘 伝国安。刃長二尺三寸五分。昭和16年(1941年)9月24日重要美術品認定。認定時所持者尾張徳川黎明会。のち徳川黎明会所蔵。表裏に棒樋。将軍綱吉から尾張家4代吉通が拝領した。元禄10年(1697年)本阿弥光忠の折紙がつく。- 「水毛剣」「水尾剣(みずのおけん)」「水細丸(みずぼそまる)」なども伝わるが怪しい。
- (建仁年間)
- 古刀最上作
- 新井白石所持
- (建仁年間)
- 古刀最上作
- 藤六左近将監、鎌倉鍛冶開祖。子は新藤五国光
- 古刀最上作
- 著名作は「国綱」の項参照
【鎌倉時代中期】
則国- 則国は山城国粟田口6人兄弟の長兄藤林国友の子で、国綱や景国と共に後鳥羽上皇のいわゆる隠岐御番鍛冶に選ばれている名工の一人
- 古刀最上作
- 則国の子、「左兵衛尉」に任じられる。
- 藤兵衛尉、左兵衛、藤左衛門尉
- 古刀最上作
- 建治4年、弘安3年、弘安6年、弘安10年などの年紀銘
- 著名作は「国吉」の項参照
- ※新藤五国光とは別人
- 則国の子、または次男
- 国友の子、国吉の子ともいう。
- 藤兵衛尉、藤左衛門尉、四郎兵衛、平次郎
- 古刀上々作
- 通称藤四郎。鎌倉時代中期の刀工。
- 粟田口六兄弟の次男久国の曾孫。国吉の弟、あるいは子という
- 古刀最上作
- 豊臣秀吉により相州五郎入道正宗、越中郷義弘とともに「三作」と呼ばれた。
- 著名作は「吉光」の項参照
- 藤六左近将監国綱の子。相州伝に影響を与えた。
- 古刀最上作
- 門人に藤三郎行光
- 著名作は「新藤五国光」の項参照
- 通称藤左衛門。はじめ藤四郎吉光の門人。
- はじめ「吉正」、のち因州移住後に「景長」 ※吉正の子、あるいは門人ともいう。
- 銘「因州住景長」
刀工 粟田口
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