日本と芸能事が大好きな Ameyuje のブログ
邦画『国宝』をネタに語ろう!その3:おもいっきり脱線!本物の歌舞伎界の人間国宝の方々を紹介する映画の原作、「国宝」という小説は最初 2018年の朝日新聞に連載されていた新聞小説なんだそうですね。 私は 吉田 修一氏の原作を読んでいないので迂闊なことは書けないのですが、2018年の時点で「国宝」という表題をつけてたと言うことは、吉田 修一氏の脳内にはきっと当代の 大和屋 坂東玉三郎さんの存在が頭に在ったことでしょう。
映画きっかけでYoutubeの玉三郎さんの動画閲覧数が増えているのはうれしいことですし、映画監督もされている玉三郎さんには、シネマ歌舞伎の作品もございますから、映画で初めて歌舞伎に触れた若い方々には予告編でもいいので、平成24年(2012年)に重要無形文化財保持者、つまり本物の「人間国宝」に認定された方の姿を観て頂きたい!…と切に思います。
1分を切る予告編です。大和屋さんの動きはどこで止めても美しい静止画になります。
ついでに予告編をもう一本。横浜流星さんはスクリーンでは中村七之助さんに少し似て見えたりしました。
当代の玉三郎さんが「芸道」に入った由縁は、ウィキペディアの文章を借りると、
1950年4月に東京都大塚で料亭を経営する楡原夫妻の息子として誕生 伸一と名付けられる。 両親は子連れ同士の再婚で、年の離れた兄が4人おり、1歳半のときに小児麻痺にかかって右足アキレス腱に麻痺が残る。 1956年に 小児麻痺後遺症のリハビリにと日本舞踊を習いはじめるが、舞踊の魅力にとりつかれ、また稽古に通った縁から十四代目守田勘弥の部屋子となる(6歳の6月6日)。
・・・ということでした。
私のちょうど十歳年上の大和屋さん。近影を探すと、2022年末に読売新聞のインタビューを受けているときのお写真がみつかりました。お若い72歳ですね。
大和屋さんは、成人された1970年頃に「芸術選奨新人賞」を受賞されてまして、早くから若き芸術家として日本国政府からも認められてたんですね。
その頃のお顔はこんなカンジ。(ピーター:池畑慎之介さん:みたい?)
この若い頃に 数々の女性芸能人の皆さんや芸術家のみなさんと対談をされていて、お写真も残されています。例えば、ブルースの女王 淡谷のり子さんも うれしそうに笑顔で対談されてます。
名女優、水谷八重子さんとも、
舞台美術家の朝倉摂さんとだって、
この若者が、そこからまた修行の年月を重ねて 平成24年(2012年)に重要無形文化財保持者「人間国宝」に認定され、翌年の2013年には、フランス芸術文化勲章コマンドゥール章をパリで授与されました。
映画の花井東一郎のようなどん底を味わうことは無かったようですが、長く精進を続けて「五代目 坂東玉三郎」の名前をいよいよ大名跡に育ててこられたのですね。
『私は、もう何にも生まれ変わりたくないんです』と、インタビューに答える当代の玉三郎さんを観たい方は、この文字をクリックしてください。
今回の映画では歌舞伎の舞踊が紹介されます。そして舞踊と言えば 既存のモダンダンスやバレエとは全く異なる「肉体の深層」を表現する舞踏(後の「暗黒舞踏」)の創始者と言われる土方巽(1928–1986)が思い出され、さらには、世代としては彼を追って、その舞踊の影響は受けつつも強く反発し、明確に別の道を志向した田中泯さんが思い出されます。
主人公の東一郎が大きな衝撃を受ける「鷺娘」を舞う田中泯さん
★書くのを悩んだんですが、やっぱり書きます★
ドラマを根本から否定する大きな疑問の第二弾!
なんで?
渡辺謙さんみたいなごつい俳優が「上方の名女形」役なの?
このお顔にどんな白塗りしても女形は無理!
五代目 花井白虎 襲名興業の舞台上で大喀血した時の白塗りのお顔は完璧ホラーやったし!
なんで?
映画内で田中泯さんが演じた人間国宝の小野川万菊の踊りが歌舞伎舞踊っぽくないの?
なんで?
人間国宝の小野川万菊の晩年があんな安アパートで独り暮らしなの?
田中泯さんの演技には「溢れかえる程の”何か”、”雰囲気”」は在るんだけれど、一握りの「リアル」さも無いことに私は不満を覚えました。。
下の動画は玉三郎さんの鷺娘のロングバージョンで、これこそが歌舞伎の舞踊であって、田中泯さんの舞踊とは違うと素人にもわかります。
フランス語と日本語の字幕がついていて面白いですね。
※8月24日追記※残念
上の動画が再生できなくなっているようなので、大和屋さんの動画でこの5年間は削除されていない「お夏狂乱」を代替として下に貼らせて頂きました。
とまあ、散々の不満を書きましたが、あえて、映画「国宝」の主人公 三代目 花井半二郎が五代目 坂東玉三郎さんのイメージであると仮定するならば、田中泯さんが演じられた国宝 女形の小野川万菊は 誰だと仮定すれば良いのかなぁ~? と考えてみたのですが、 思い当たるのは大正六年(1917年)生まれで昭和43年(1968年)に重要無形文化財保持者各個認定(人間国宝)となった六代目中村歌右衛門(うたえもん)さんでしょうか?
在りし日の六代目中村歌右衛門さん
※私の宝物書籍「淀川長治の遺言」
広告批評別冊 淀川長治の遺言 Amazon(アマゾン)では、淀川先生が自分の好きだった六代目中村歌右衛門さんを招いて対談をしています。
対談の中では歌右衛門さんが海外公演に初めて出られた昭和35年(雨爺さんの生れた1960年)のアメリカ本土公演での思い出話が記録されてます。
ニューヨークでは、かねてから歌舞伎に興味を持っていたグレタ・ガルボが3夜連続で歌舞伎公演を興行している劇場に訪れて、すっかり歌右衛門さんの美しさに参った彼女から「LOVE LOVE LOVE」と書いたラブレターのような便箋がバックステージの歌右衛門さんのもとに届けられた…なんてお話が掲載されていました。
話を元に戻して、もう一人、映画内の人間国宝 小野川万菊のモデル候補を上げるならば、歌右衛門さんより三歳年下の 我らがジャッキー こと、四代目 中村雀右衛門(じゃくえもん)さんでしょうか?
若き日の ちょいイカシたジャッキー
ジャッキーは大正9年(1920年)8月生まれで、平成24年(2012年)に91歳で亡くなられましたが、大変長きにわたって歌舞伎役者の名女形として我々を楽しませてくださいました。
四代目雀右衛門を襲名した昭和39年(1964年)頃のジャッキー
ジャッキーは映画俳優もやったんです。1991年に重要無形文化財保持者各個認定(人間国宝)となり、位階は従三位でございます。「中村雀右衛門」としての屋号は京屋でした。
今、当代の玉三郎さんがお元気で居てくださることが、ほんとうにありがたいことだと思います。
Youtubeには玉三郎さんの動画がたくさん在りますので興味を持たれた方には ぜひ各自で検索していただきたいのですが、
ここではほかに映画でも取り上げられた舞踊で、舞台の大道具さんの活躍する様子が記録されている貴重な動画をエンベッドさせて頂きます。
花道とすっぽん(奈落から舞台上への昇降装置)の設営「京鹿子娘二人道成寺」
上の動画では11分50秒あたりまでが舞台設営の様子、それ以降が玉三郎さんと、尾上菊之助さん(今年5月に八代目 尾上菊五郎を襲名)お二人の踊りになります。
あぁ、次こそは近松門左衛門の「曾根崎心中」について書きたいなー
つづく~
執筆者への愛のムチを
頂けましたら幸甚です
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『邦画『国宝』をネタに語ろう!その4:おもいっきり番外☆人間国宝ジャッキーを洒落に使った俳優祭』 前回は邦画「国宝」から思いっきり脱線した。 その中で紹介した ジャッキーこと 四代目 中村雀右衛門さんに関する記事が呼び水となって、まだジャッキーが人間国宝…ameblo.jp