. 《野球部の練習中に被災》「それまでは自分中心だった」大谷翔平を変化させた東日本大震災 “野球どころではない”苦境から甲子園出場の軌跡へ
《野球部の練習中に被災》「それまでは自分中心だった」大谷翔平を変化させた東日本大震災 “野球どころではない”苦境から甲子園出場の軌跡へ
《野球部の練習中に被災》「それまでは自分中心だった」大谷翔平を変化させた東日本大震災 “野球どころではない”苦境から甲子園出場の軌跡へ

《野球部の練習中に被災》「それまでは自分中心だった」大谷翔平を変化させた東日本大震災 “野球どころではない”苦境から甲子園出場の軌跡へ

スポーツ 2026.03.11 18:30 NEWSポストセブン 《野球部の練習中に被災》「それまでは自分中心だった」大谷翔平を変化させた東日本大震災 “野球どころではない”苦境から甲子園出場の軌跡へ タレコミする

野球部の練習中に被災した大谷翔平(時事通信フォト)

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 2011年3月11日、岩手県・花巻東高校の1年生だった大谷翔平(31)は野球部の練習中に被災した。それから15年──。彼は今、WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)の日本代表メンバーとして、台湾戦、韓国戦、オーストラリア戦を勝ち抜き、WBC連覇に向けて着実に歩を進めている。

 大谷にとっても、“3月11日”は忘れられない日だ。その経験は、彼をどのように変化させたのか? 『女性セブン』2021年7月29日・8月5日号に掲載した記事を再び公開する。

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 東京五輪の開幕を直前に控えながら、それを遥かに上回る関心を集めている大谷翔平。今シーズンは前半戦だけで33本のホームランを放ち、日本人初となるメジャーリーグのホームラン王も夢ではなくなってきた。

 スケールの大きな活躍を続ける彼だが、その成長の過程では、思いも寄らぬ辛い経験も味わっている。リトルリーグとシニアリーグでの激しくもひたむきな日々を経て、2010年には憧れの菊池雄星投手の出身校である花巻東高校に進学。ここまで順調に野球街道を歩いていたが、高校1年生の3月11日、東日本大震災が発生し、岩手県の内陸地にある花巻市は大きな被害を被ったのだ。大谷を15才から取材してきたスポーツライターで『道ひらく、海わたる 大谷翔平の素顔』の著書もある佐々木亨さんはいう。

「大谷選手はすぐに家族と連絡が取れたそうですが、野球部は家族と離れて寮生活を送るため、なかなか安否がわからない部員も多く、監督が遠征用のバスに部員を乗せて運転し、家族の無事を確認しに行ったといいます。沿岸地域出身の部員の中には、自宅を流されるなど大きな被害を受けた子もいたそうです」(佐々木さん)

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