僕はレベル40
累計何回目の匂わせだろか
深夜2時の衝撃。WBCのサウンドトラックに風が吹いた。
なーんかWBCに関わりそう…という匂わせは残しつつ3月6日に突如配信された藤井風の新曲『My Place』。まぁ僕はぐーすか寝てたんで起きたら新曲来とるぅぅぅ!?って喜びの朝を迎えたんですけどね。しかも今回は音楽ジャンル「レゲトン」×藤井風という意外すぎる組み合わせ。
最初にはっきり言っちゃいますよ?
この辺りのジャンルは自分の専門領域且つ大好きなダンスホールミュージックなのですが、日本で一般ウケするジャンルとはかけ離れている。
わかる。よーくわかる。ピアノも使われていなければ叙情的なバラードというわけでもない。しかし、「なんか今回の風くん、ノリが良い曲なのねー♪」だけで終わらせるのが勿体なすぎて血の涙を流してしまいそうなので『My Place』が藤井風史においてどれだけ重要か、どんな思いを込めた可能性があるのかをコンコンと語っていきたい。それではいくコン!
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まずはWBCサントラの座組今回のコラボ相手であるタイニー(Tainy) の名前を見た瞬間、スマホ落としかけた。
深夜のドンキでブルーノ・マーズが店内BGMとハモってるくらいの衝撃ですよ。「ドンキイコヨ♪」じゃないんですよ。というのも、プエルトリコは現代ラテン音楽の心臓部なんですよね、今の時代。全世界のチャートを見ても、フェスを見ても、「なんでこんなにラテンとレゲトン多いん!?」ってくらい、ラテン勢の波がデカい。
その中心に座ってる音楽プロデューサーこそがタイニー。プエルトリコ出身。この男の凄さ、どれくらいかというと、グラミーの常連でもあり、Bad Bunny、J Balvin、Justin Bieber、Dua Lipa、と名前を挙げていくのが架空なんじゃってくらいヤバい面子との仕事の数々。今の音楽地図の黒幕レベル。そして極めつけはWBC史上初の公式サウンドトラックの全体プロデューサー。
そんな現代レゲトンの神が今回名指しで指名したのが、我らが日本代表、藤井風って訳ですよ。侍ジャパンは野球のみにあらず。ここに単身世界に打って出る侍がいるってことよ。
元々ラテンジャンルを専門としていない、それも日本人のアーティストがここで指名を受けるという偉業をまずは正しく理解する必要がある。*1
は?レゲトン?
ちょっと待って。マジでまだ離脱しないで!かじぇの今回の楽曲について語るのにここマジ大事なんすよ。
じゃあレゲトンってどんな音楽なのってところなんだがざっくり言えばレゲエを祖とし、ジャマイカのダンスホール → パナマでスペイン語化 → プエルトリコで現代形に進化というルートを辿ってきた移動するビートミュージック。
こちら、レゲトンどころか全世界規模音楽覇者。グラミー主要部門を獲得しスーパーボウルHalftime Showでも最高のパフォーマンスを魅せたバッドバニーとタイニーの楽曲。
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なぜここまで音楽業界におけるラテンの波がデカくなっているかというと、大きくヒスパニック・ラテン人口の増大とストリーミングサービスの浸透がある。そもそもの母数が増えてるし、世界中で着実に音楽を聴く環境が整ってきた、という構造的変化。個人的に注目しているのが、トランプ政権以降特に表面化した政治・移民問題への「抵抗」としての音楽の勃興で、所謂プロテストソングとしての役割を持つ音楽も増えていることだ。故郷を歌い、アイデンティティに触れる音楽がとても増えた印象で、その最たる例が何度も名前が挙がるバッドバニーこちらのパフォーマンスね。
こちらのリンクから
最後の彼のスピーチを引用する
アメリカ(南北アメリカ全土)に神のご加護を。 チリ、アルゼンチン、ウルグアイ、パラグアイ、ボリビア、ペルー、エクアドル、ブラジル、コロンビア、ベネズエラ、ガイアナ、パナマ、コスタリカ、ニカラグア、ホンジュラス、エルサルバドル、グアテマラ、メキシコ、キューバ、ドミニカ共和国、ジャマイカ、アンティル諸島、アメリカ合衆国、カナダ、モッドランド、そして私の祖国プエルトリコ。
私たちは今も変わらずここにいます。さあ、キスとハグを。
かつてはマイケル・ジャクソンが同イベントで世界の癒しを歌ったように、ただの音楽イベントにとどまらない大きな意味を持つパフォーマンスに昇華された1ページ。
政治的に問題を抱える現代において、連帯を訴え、祝福を祈った彼の姿勢に、もうほんと涙が出ますよ。特に「私たちは今も変わらずここにいる」という意思表示。あれ、この姿勢はどこかで?というように思った勘の良いアナタ。正解です、後で出てきます。
前置き超長くなったが、そんな現在進行形で連なる歴史、政治的、音楽的にラテンの潮流の中で藤井風が何を歌ったのかって話を今日はしたいです。
コンフォートゾーンを脱ぎ捨てた音楽的挑戦
ここで深呼吸。
なんと今回ピアノという藤井風の象徴をいったん脇に置いてる。
藤井風がピアノを置くって、サムライが刀を置くくらいの事件。彼を象徴する楽器を静かに置き、レゲトンの鼓動を頼りに前へ進んだのが今作『My Place』って訳よ。ん-激アツ。
そしてこちら、メッセージ from 風。
You might be surprised when you hear this song for the first time cause it is kind of a departure from my previous works.
この曲を最初に聴いた時、これまでの作品とはちょっと違うので驚くかもしれん。
I'm grateful to the universe for letting me step outside my comfort zone and try something new.
自分のコンフォートゾーンから抜け出し、新しいことに挑戦させてくれた宇宙に感謝しとる。
はい、出ました。
「過去作とは違う」、「コンフォートゾーンを出た」と明言。特にこの“departure”という言葉、めちゃめちゃ重いよね。「出発」。今までの安全地帯から、あえて砂利道に裸足で降りた感じ。
で、今回大事なのがサウンドトラックの布陣。プエルトリコや韓国、そして日本といった非英語圏出身のアーティストをフィーチャーしている点。WBCの参加国を見て貰えれば英語圏より非英語圏が多いのは一目瞭然。むしろ英語のみでサウンドトラックを作る方が不自然でしょってのがみてとれる。こういうの、一昔前だったらそういった当事者性は捨て置かれたプロデューサー選定とそれに付随した無難なアーティストになっていたであろうところよね。
これはアメリカ主導の音楽市場に対する「カウンターミュージック」として現代シーンを映したまんま。ある種「非英語圏の逆襲」とすら言えるかもしれない。とはいえ別に殴り合いじゃない。もっとあたたかい「私たちはここで鳴っているよ」という祝福のカウンターとでも言うべきか。ラテンもアジアもそれぞれの言語が翻訳されないままそこに立つ。その曲たちの中で藤井風が日本語、英語、スペイン語でそこに混ざる。言語の壁を壊すどころか壁ごと一回抱きしめてから溶かすような、そんな感じ。素敵。
コンフォートゾーンからの脱出という点で制作プロセスの変化をもう少し深堀りしたい。今回は「ビート先行での制作」ってのは本人が言っている通りなんだけど、洋楽マナーの制作スタイル。丁度『Hachikō』がそうであったように先にトラックがあって歌を乗せていくと。
あれです、『My Place』という極上のタコスがあるとしますよね。皮とサルサソースは用意されてた状態で風シェフがめっちゃ美味しい具材(歌、メロディー)を包み込んだ、くらいに思ってくれたらOK!
普段通り、作曲→弾き語りデモ→編曲に携わるという内側から世界を作る方法ではなく、外側に広がってる世界に自分を「置きに行く」手法。これがタイトルの『My Place』(私の場所)と音楽的にもリンクするのが最高。比喩じゃなく音楽の作り方そのものを場所として、移動している。ジャンル、制作手法、環境、携わる人々、ここら辺含めてコンフォートゾーンから出て挑戦していくって宣言してる訳なんですよ。この覚悟に涙が出ますよ僕は。
『My Place』に刻まれた、居場所の三重構造「私の場所」。いやー、まぁそんな薄味じゃないですよね。ここで歌われているPlaceは、三層、四層のミルフィーユ構造になってる。
まずは勿論WBCサウンドトラックの一曲として、野球のポジションあるいは選手達の生き様としての Place。
グラウンドに立つ、守る、構える。その一歩目の足裏感覚まで含めた「自分の場所」。与えられた定位置じゃなく、自分で掴み、守り切る。それがこの曲の最前線で鳴っている。
I've seen every corner of the world but this is my place
Here on the land, I'm standing tall 'cause this is my place
ここすっごい好き。世界の角という角まで見てきたけど、今ここが自分の場所だと、高らかに宣言する。どこまで意識したかはわからんけど「コーナー」っていう表現も野球の「コーナー」を意識してんのかなとか、打席やマウンドに今まさに向かわんとする、「立ち姿」すら想像できてしまう。その極めつけがStick and balls Go!!って訳よ。
二層目は、移民たちが探し続ける居場所としての Place。
総合プロデューサーであるタイニーの出身プエルトリコは“国でも州でもない”という宙吊りの歴史を抱え、アメリカの巨大な力の陰で、何度も言語と文化の居場所を問い直してきた土地だ。そんな文脈で耳を澄ますと、ストリートに佇む民衆達を強く代弁しているような気すらしてくる。
No one cares, no one cares あんたのことなど, no one cares
この冷たさは絶望を歌ってるのではない。それでも立って進まなきゃいけないゲームなんだよってことを言ってるはずだ。そしてすぐ後に、こうも背中を押す。
Nothing to lose right from the start
You'll be the only shining star
失くすものなんて最初から無い
暗闇のど真ん中で光る唯一の星になれ
何もプエルトリコだけの話ではない。風さんがLAに滞在して楽曲制作している間もひっきり無しに流れてくるであろう政治的ニュースの数々。大統領選挙、変わるアメリカ、そして世界情勢。
そんな最中に藤井風は自分の居場所について語る。マジで書きながら勝手に震えてるわ!
観客席とベンチを分けるフェンスを、あるいは国境を越えて、「お前の番だ」と手招きする声。21世紀に鳴り響く新しい『Immigrant Song(移民の歌)』、それこそが『My Place』。
そして三層目。やっぱり藤井風の言いたい事は変わらない。ハイヤーセルフ(内なる自分)の居場所としての Place。
イントロが終わってビートが鳴り始めるまでの歌い方に注目してる。普段とは違う音色で歌っているのがわかるだろうか。一切甘さの無い、泥にまみれながらも祈りを捧げ、神に宣言するような声色。よく聴くと繰り返される"My Place"の音の置き所や細かい歌い回しはむしろ変化している。ここ数年の彼はアジア、アメリカ、ヨーロッパともの凄いハードスケジュールで世界中でライブを行ってきた。世界中を見てきた。物理的な場所は変わっても、それでも彼の核心は変わらない。「こっから死ぬまで」、ね。
といった具合にこれらのレイヤーが同時に鳴っているから、『My Place』は単なる国際コラボ曲で終わらない。グラウンドの白線、移民の境界線、心の内側の境界線。 三つの線をまたぐたびに、同じコーラスが別の意味で胸に落ちてくる。最初はスポーツのアンセムとして、二度目は社会の現実として、三度目は個の解放として、だ。
だから、これはやっぱり居場所を作る歌なんだと思う。WBCという巨大な舞台装置の上で、レゲトンというラテンの生活に根差した鼓動に身を任せ、藤井風こう言い切った。
No matter where I go I'm gonna make it my place, my place
どこに行っても、ここをワシの場所にする
藤井風の強い思いでありつつ、それはきっと僕の、そしてあなた居場所を作る歌でもある。
奇しくもW杯とタイアップした『Workin' Hard』と重なる、今この時代に鳴るべき「人間讃歌」こそが『My Place』。
いかがだったろうか言いたいこと、わかってるよ。なげーよ、ですね。これがメンタリズムです。ここまで読んだあなた、相当あたおかです。僕と一緒。
でも仕方ないんですよ。僕にやれることなんてさりげなく思いを込めて文章にしたためるくらいなもんですよ。
何度でもいう。日本でこの『My Place』が楽曲として流行るにはまだ時間と土壌が必要かもしれん。だけど、その歌に込められた思いを勝手に汲み取って、愛でてゆくことはできると思うし、その思いだけで6000字も書いてる。
だって僕の居場所は藤井風だから。
それでは、お元気で。
My Place
Amazon
*1:Republic所属がここでいきているってことね