あの大女優たちが「ヌード」になった理由
2019.06.18- #映画
- #週刊現代
売れようとしたのではなく…
週刊現代
講談社
月曜・金曜発売
プロフィール- メール
- コピー
大女優は、30年以上前にスクリーンで裸身を見せていた。ただし、それによって売れようとしたわけではなく、求められた役柄を演じただけ。それこそが今の時代にない「女優の凄み」だった―。
幼い顔で豊満な19歳
'70~'80年代は、個性的な女優が映画で身体を張った演技を披露することを厭わない時代だった。現在でも、女優が売れるためにあえてヌードになることはある。しかし当時は役を演じるためだけに、自然に身体を張った。
秋吉久美子(64歳)も、その一人。彼女は実質的なデビュー作である巨匠・藤田敏八監督の『赤ちょうちん』('74年公開)で、ヌードを披露した。
秋吉久美子出演の『赤ちょうちん』(Amazonより) 拡大画像表示同作は「かぐや姫」のヒット曲をモチーフにした青春映画で、彼女は撮影当時まだ19歳。だが、この映画で大胆なベッドシーンを披露している。
秋吉が演じるスーパーのレジ打ちの幸枝と駐車場で働く政行(高岡健二)という若いカップルが主役。貧しい二人は斎場のすぐ隣にあるボロアパートで同棲を始める。
「静かすぎて気持ち悪い」
-AD-ストーブの灯りだけで照らされた夜の部屋で、幸枝は指を噛みながら、不安な気持ちを漏らす。
「俺たち大丈夫だよ、きっと上手くいく」
政行はそう言いながら、後ろから幸枝を抱きしめた。二人は全裸だった。「ウン」、幸枝がうなずくと、男女は向き合って唇を重ねる。そしてお互いの身体を貪り合い、部屋には幸枝の荒い吐息が響いた。
秋吉と親交が深い映画監督、映画評論家の樋口尚文氏が解説する。
「映画で女優が脱ぐシーンは、シチュエーションの説明である場合が多いのですが、秋吉さんは、自らのヌードを恥ずかしい姿としてではなく、表現として肯定的にやっている。決しておどおどしていないんです。
あの幼い顔と豊満な身体が掛け算されることで、なんとも痛ましい印象を観客に与えました。しかも脱ぎっぷりがいい。裸体が醸す痛ましさと初々しさ。当時の大学生はノックアウトされました」
-AD-この映画には長門裕之や小松方正、ら演技派も出演。'74年度キネマ旬報ベストテンで9位にランクインした。
Photo by gettyimages 拡大画像表示続けて、秋吉は同年に公開された藤田監督の『妹』『バージンブルース』にも主演した。この3部作がヒットしたことで、無名だった彼女は、わずか1年でスター女優の仲間入りを果たした。
『赤ちょうちん』『妹』のプロデューサーを務めた岡田裕氏は当時をこう振り返る。
「学生運動が急激に下火になった時代の映画でした。シラケ世代と言われ、内向きになった若者のムードと、天真爛漫な秋吉さんの空気感、そして藤田監督の演出がマッチした。『赤ちょうちん』はもちろんポルノ作品ではないので、殊更に強調はしませんが、あどけない少女がサラッと脱ぐ。そんな瑞々しい色気も新しかったと思います」
『妹』ではそんな秋吉の不思議な魅力が観客を惹き付けた。この映画で彼女は独特な脱ぎ方で裸身を見せる。
「兄役の林隆三が一人暮らしする部屋にある日、妹役の秋吉さんが転がり込んでくる。そこで、自然な日常として妹は風呂上がりに全裸のまま髪を乾かす。妹の裸に女を感じてしまい、それに兄が戸惑う。
有名なシーンですが、台本には脱ぐとは書いてなかったと記憶しています。監督がその場で演技指導すると、秋吉さんは当然のこととして受け止めていました」(岡田氏)
-AD-清純派からの脱却
3作目の『バージンブルース』も見事だった。浪人生役の秋吉と長門裕之が演じる中年男性によるロードムービー。ラストには、お互いの傷をなめ合うようなラブシーンがある。
その翌朝、長門が目覚めると布団に秋吉がいない。窓の外を見ると、海岸で彼女が浴衣を脱ぎ捨て全裸になり、そのまま泳ぎ出した―。
「それを長門はボーッと見ている。秋吉は、不条理なシーンで脈絡なくあっけらかんとしたヌードを見せる。当時の彼女の演技は桃井かおりと同じで、地で演じているかのような感性を前面に押し出した芝居が新鮮でした。裸になることも含め、天衣無縫のような魅力があったのです」(映画評論家・高崎俊夫氏)
「バージンブルース」(Amazonより) 拡大画像表示そして10年後、31歳になった秋吉は、渡辺淳一原作の映画『ひとひらの雪』('85年)で、建築家(津川雅彦)との不倫に溺れる人妻を演じる。露天風呂や喪服姿でのセックスシーンは10代の頃とはまったく違う妖艶さを醸し出していた。
昭和を代表する美人女優・古手川祐子(59歳)も26歳の頃、裸身でのベッドシーンに挑んでいる。
'85年公開の『春の鐘』だ。北大路欣也が演じる美術館館長が、陶芸家の娘(古手川)と不倫の恋に落ちる。立原正秋が原作で、芦田伸介、三田佳子、中尾彬らが脇を固めた文芸大作だ。
古手川と北大路の濡れ場は2度ある。
1度目は布団の上。二人は一糸まとわぬ姿で抱き合う。暗闇の中、北大路の右手が露になった古手川の胸を揉みしだく。次にその手は彼女の下半身へ。古手川は上半身を反らせて胸を揺らし、恍惚の表情を浮かべる。2分ほどのシーン。古手川の喘ぎ声が耳に残る。
2度目も印象的だ。膝立ちの北大路が、仁王立ちした古手川の着物を荒々しく剥がして全裸にし、こう語りかける。
「俺はお前を殺すかもしれない」
古手川はわずかに笑みを浮かべながら、
「おいで、いいわ」
とつぶやく。その瞬間、北大路は彼女の胸に顔を埋めて、抱き寄せる。二人は立ったまま抱擁し、身体を求め合った。
-AD-古手川は17歳で芸能界デビュー。以来、『西部警察』での渡哲也演じる大門圭介の妹・明子役をはじめ、若手の清純派女優としていくつものドラマ・映画に出演。決して脱ぐことはないと思われていた彼女の体当たりの演技は衝撃的だった。
『春の鐘』の脚本を担当した高田宏治氏が言う。
「男女の情念を描いた作品です。古手川さんの演技は素晴らしかった。美しいエロティシズムの映画だと思います。古手川さんは身体を張って演じてくれました。濡れ場の芝居はぜひ見てもらいたい。処女のような美しさがあるんですよ」
裸の芝居にはすべてが出る
古手川は立原正秋の熱心なファンだというが、それにしてもなぜ清純派の彼女が、オールヌードになることを決断したのか。前出の高田氏が言う。
「ご本人に『代表作をつくりたい』という並々ならぬ思いがありました。撮影に臨むにあたり、古手川さんからはなんでもやるという覚悟を感じました。裸の芝居というのは役者のすべてが出ます。そういう芝居をやりたかった。映画に参加する喜びですね。それで決断して脱いでくれたんですよ。絶頂期で一番綺麗なときでした。彼女が全部を脱いだのはこの作品だけで、最初で最後。その意味でも貴重な作品です」
可憐な少女役はいつまでも演じられるわけではない。『春の鐘』を経て、古手川はお嬢様女優から大人の女優へと脱皮をしていく。『花の降る午後』('89年)では、背中だけのヌードにとどまるが、髙嶋政宏と情欲的な濡れ場を演じ切った。
古手川裕子出演「花の降る午後」また『継承盃』('92年)ではヤクザの若妻役。真田広之に「抱いて」と迫り、ベッドに押し倒すと彼のズボンを剥ぎ、黒い下着姿で濃厚なキスを交わした。
ただし、古手川は'99年に俳優・田中健と離婚して以降、2時間ドラマ枠が減少したこともあって、表舞台で見かけることはめっきり少なくなった。
「'16年6月にテレビドラマ『ゆとりですがなにか』に一話だけゲスト出演したのが最後です。そのときはかなりふっくらしていました。いまは大病しているわけではなく、自分を安売りせずに仕事を選んでいる状況だと聞いています」(スポーツ紙芸能デスク)
'80年代、自らの身体を惜しげもなく晒して、日本映画を牽引した女優の代表的存在が樋口可南子(60歳)だろう。
彼女は22歳で『北斎漫画』('81年)に出演して、世間の度肝を抜いた。
北斎漫画「新藤兼人監督が、あの大タコと女性の絵でも知られる卑猥な『北斎漫画』をテーマに映画を撮ると聞いて、劇場で見たら、樋口さんが物凄く官能的で驚きました。それには前段があって、樋口さんはTBSドラマ枠『ポーラテレビ小説』の『こおろぎ橋』('78~'79年)でデビューし、これ以上ないくらいの素朴な女性教師を演じていた。
銀座のあんみつ屋で働いていたところを、偶然スカウトされたばかりの樋口さんが、その2年後に、あれだけの役を生身でやる。演技の幅、度胸がある女優だと実感した作品です」(前出・樋口尚文氏)
-AD-この『北斎漫画』で、樋口は全裸で大ダコと絡み合い、喘ぎ声を上げる幻想的なシーンを見せた。
さらに'83年、谷崎潤一郎原作の『卍』では、高瀬春奈と女性同士でラブシーンを演じた。二人はパンティ一枚だけの姿となり、無言のまま高瀬が樋口の身体中を口で愛撫し続ける。一方の樋口は煙草を手にしたまま、高瀬の髪を撫でる。華奢な樋口とグラマラスな高瀬が抱き合う描写は、映画史に残る名場面だ。
この作品のラストでは、名優・原田芳雄との情交シーンをねっとりと演じている。このとき樋口は24歳。当時のインタビューでこんな話もしている。
樋口可南子出演「卍」「私の腰の下の方にかなり大きなホクロがあるのよ。これは〝淫乱黒子〟っていうんだって。ここにホクロがある女は、セックスが好きでしょうがない女なんだそうだけど、大当たりじゃないの。淡泊かなんてきかれると、大ショック!
だいたい女優って仕事をしていること自体が、見せたいっていう自己顕示欲が強いわけでしょう。セックスだって、貪欲で自分が満足するまで続けたいという気が強いんですよ」(『週刊ポスト』'83年4月1日号)
ただ作品のために
樋口は、現在のソフトバンクのCM「白戸家」の母親役からは想像できない癖の強い若手女優だった。
Photo by gettyimages 拡大画像表示'84年に公開され、草刈正雄と共演した映画『湾岸道路』では、人妻でありながら、夫公認でホステスとして働き、売春にまで応じる女性になりきった。同作の監督を務めた東陽一氏が言う。
「樋口さんは濡れ場のシーンの撮影になっても自然体のまま、固くなるなんてことは一切なかった。彼女は裸になってもわいせつな雰囲気がまったくしなかったのが印象的でした。植物的な美しさとでも言うべきでしょうか。樋口さん以外では、この映画は生々しくなりすぎてしまって、成立しなかったと思います。
樋口さんは、一人の女性として内面を磨き続けたからこそ、自然な動きで役柄を表現できるのでしょう。撮影現場で樋口さんはいつもニコニコしていて、『この監督は次に一体なにをやってくれるんだろう』という眼差しで私のほうを見ていたりする。私自身、とても楽しい現場でした」
-AD-'87年には衝撃作、山田詠美原作の映画『ベッドタイムアイズ』に主演する。本作で樋口は黒人の恋人との4度にわたる激しいベッドシーンを見事にこなしている。彼女の演技力と度胸のなせる業に他ならない。
30歳のときに出演した『座頭市』('89年)では、深夜の露天風呂で勝新太郎と湯の中で繋がる。
「男の人と入るのは初めて」
臀部も露に泳いで盲目の市に抱きつき、情交を誘う姿に映画ファンはみなゾクゾクした。
元文部官僚、映画評論家で京都造形芸術大学教授の寺脇研氏が言う。
「樋口さんは『男はつらいよ』のマドンナ役に抜擢された翌々年に『ベッドタイムアイズ』に出演しています。秋吉さんも『ひとひらの雪』の2年後に『男はつらいよ』のマドンナを演じているんです。
古手川さんも含めて、当時の3人は絶頂期であり、身体を張ったベッドシーンから国民的マドンナまで幅広い役を求められ、そして彼女たちはそれを見事に演じていた。女優として素晴らしいことだと思います」
「ベッドタイムアイズ」写真集―樋口可南子/マイケル・ライト (講談社MOOK)前出の高田氏は「彼女たちの時代」をこう語る。
「裸になる芝居にかける熱意が許される時代でもあった。役者がCMで食べる時代ではなかった。いまは『こんな芝居したらCMがなくなる』なんて言いますが、それがイカンのよ。誰もがただただ映画のために仕事をした。だからこそ女優は輝きを放ったわけです」
彼女たちのような女優にはもう会えない―。
『週刊現代』2019年6月15日号より
関連記事
- 日本史に眠るトンデモ「性豪」伝説 ご先祖様はこんなに楽しんでいた
- 子殺しの翌日、「鬼畜夫婦」は家族でディズニーランドへ行っていた
- ソ連兵の「性接待」を命じられた乙女たちの、70年後の告白
- 記事をシェア
- 記事をポスト
- 記事をシェア
関連タグ
- #映画
- #週刊現代